「好き」じゃなくて「愛してる」
窓を押し開けて室内へと侵入してくる銀髪の女が居た。
その女は慣れた足取りで机まで近付くとそこへ置いてあった酒瓶を手にする。そして、小さく唇の端を上げて笑んだ。
「意外といけるんだよな、日本酒ってヤツは。此処に来れば上質のが必ずあるから楽なもんだ」
その酒を抱えてそのまま、入って来た窓から退散しようと踵を返した時に、ふと机の端に置いてあった写真が目に入る。
別に写真など珍しくもないし、毎回此処に来るたび何となく目にしていたが、今日は何時に無く興味を惹かれわざわざ窓へと向いた身体を戻し写真立てを掴むと眼前へと持ち上げて無遠慮に視線を這わせた。
「あぁ、やっぱお前ぇさんだったか、ロベリア。俺の酒をくすねてんのは」
ガチャリとドアが開いたと思えば、その後に続いた一声はそれだった。
「―――ちっ!」
ロベリアはしまったとばかりに舌打ちをして、乱暴に写真立てを机に戻し酒瓶をドンっと机に置いた。
「おいおい、酒は良いがそっちは乱暴に扱わんでくれや」
言葉とは裏腹に怒った様子も無く、笑いながら室内へと姿を現したのは凛とした気配と力強い瞳を持つ初老の男。
「悪いな。出来がよくないもんで…。ったく、アンタに見つかるつもりはなかったのにさ、米田」
ひょいっと肩を竦めてロベリアは机を離れ、窓の枠へと腰を掛ける。それから腕を組んで、米田を睨みつけた。
そんな視線を気にした風も無く受け流し、米田はギシリと音を立て椅子へと深く腰を下ろす。
「お前ぇさんは行かないのか?皆が探してたぜ?」
米田はククと喉の奥で笑いながら、写真立ての位置を直した。
「はっ、皆でワイワイガヤガヤよくやるもんだ。あたしは一人の方が気が楽だね」
ひょいっと、肩を竦め煩わしそうにロベリアは首を振る。
また米田が笑った。
「あぁ、お前ぇさんらしいな」
実に楽しそうなその反応にロベリアは片眉を上げるが、わざわざそこに執着して文句を言う事はなかった。
「フンッ。大体、日本の風習に付き合ってやる酔狂でもないしな」
肩を竦めて組んでいた腕を解いて、ロベリアは窓枠辺から腰を上げる。
そして、音も無く歩き出せば、その背に米田が声を掛けた。
「あの野郎も、個人的にお前ぇさんを探してたぜ。よっぽと好かれてんだなぁ」
米田がからかう様に声を立てて、また笑う。
だが、ロベリアは振り返りニヤリと不敵に笑い酒瓶を掠め取った。
「違うね。アレは『好き』じゃなくて『愛してる』って言うんだ。コイツは貰ってくよ」
今度はこちらの番とばかりにロベリアは楽しげに笑い酒瓶を片手にドアへと向かう。足取りが軽そうに見えるのは気のせいではないだろう。
「惚気かよ。まさか、お前ぇさんから聞けるとは、な」
苦笑いを零し、あぁ持ってけと酒とロベリアを見送って、椅子を軽く巡らせる。
と、ロベリアの足が止まった。
「あぁ、言い忘れた。明けましておめでとう。ってな」
ニッと笑いを残し、ロベリアはドアの向こうへと姿を消した。
思わず、米田は言葉もなかったがそのあと盛大に笑いだし。
「おうっ、おめでとさん」
見えない背に向かい声を掛けて、窓の外を見遣った。後で大神を呼んで酒でも飲もうと思っていたが、どうやらそれは明日にした方が良いかと、静かに笑う。
新年明けた元旦。
今年も良い年になりそうだ。