「生まれた喜びの中に」
大神×レ二
レニお誕生日記念、クリスマス公演前夜のお話
蒼作
大神×レ二
レニお誕生日記念、クリスマス公演前夜のお話
蒼作
「産まれた喜びの中に」
夜も更けた。
冷たく澄んだ夜空には星が瞬く。息を吐けば白く、その存在を初めて現にさせる。
こんな日はやはり中庭辺りで星空を眺めたいが、明日はクリスマスの特別講演の日。早目に床に着くのが無難であろう。
そう思い、レニは夜の空を眺めていた窓辺から離れカーテンを閉めた。
夜着に着替えようと、上着を脱いでからチョーカーを取り首元のボタンを外す。一個、二個。
コン コン―――
扉を叩く音が聞こえたのはその時だった。
扉を見やり、小さく小首を傾げる。
「はい」
ノック音から一拍遅れた短い返答をかえす。こんな時間に誰が何の用であろう。
あぁ、もしかしたら明日の事かもしれない。
そんな風に短い思考を巡らせながら扉へと向かうと、その向こうから聞こえたのは意外な人物の声だった。
「あの、大神だけど…ちょっといいかな?レニ」
聞きなれた心地良い低音の声。その持ち主、大神一郎がドアの外に居る事に小さく驚きながら、レニはドアを開けた。
「どうしたの?隊長」
目の前に佇む人をきょとんと見上げながらレニは、それでも嬉しそうに小さな笑みを浮かべる。
予期せぬ訪問者だが、それを不快に思うことは無い。それどころか、この人にもう一度会えて嬉しくてたまらない。例え、今日一日普通に顔を見合わせていたとしても。
「いや、さ。その、そう、書類の整理を手伝って欲しいんだ。こんな時間に悪いんだけどさ、えっと、いや、もう寝る時間だし、嫌ならいいんだ。うん。部屋に居る……か…ら………」
ふと、しどろもどろだった口調が止まった。何故か、顔を赤らめている大神にレニはきょとりと小首を傾げる。
「ど―――」
どうしたのか。尋ね様とした所で、その言葉を遮られた。
「あぁっ、いや、何でもない何でもないっ!お、俺は部屋に居るから、もし手伝ってくれるなら、来てくれないかな!そ、それじゃぁっ」
そう言うだけ言って、大神は廊下を足早に去っていった。
何時もの大神らしからぬ挙動に、レニはもう一度小首を傾げた。
それでも、手伝いに行こうと脚を踏み出した時に僅かな隙間風に吹かれ身を振るわせた。流石にこの姿では寒いと思い直し、首元のボタンを直しながら室内へと戻る。上着を羽織り、チョーカーはいいだろうと其れは手にせず廊下へと出た。
そう言えば、言葉を止めた大神の視線が首元にあったのは気のせいだったのだろうかと三度目の首を傾げる仕草をした。
そして、直ぐに大神の部屋の前に辿り着く。
コン コン―――
今度はレニが大神の部屋のドアをノックする。
室内から直ぐに返答があり、どうぞと言うのでレニは静かに扉を開けた。
暖房が灯っているのだろうか、少し暖かい室内に軽くホッと息を吐く。それから暖房よりも暖かい大神の笑顔に釣られてレニも笑顔を浮かべた。
「で、隊長。手伝いって?」
「あぁ、これを、ね?明日朝一に出さなきゃいけないんだよ」
大神は立ち上がり数枚の資料をレニの前のテーブルへと置いた。
「座って、少し説明するから」
そう言って、大神は椅子を引いた。レニは素直にその椅子へと腰を下ろす。
それから、後ろから身を乗り出すような形で大神が説明をし始めた。
何時もより大神の体温が近く、思わずレニの頬に朱が差すが其れは後ろから覗く大神には見られずに済んだようだ。
「と言うわけで、此処の計算と清書をお願いするよ」
「うん、分かった」
説明終えれば、にっこりと笑顔を交し合い2人はそれぞれの作業へと没頭していった。
特に会話も交わす事無く、暫し部屋内にはペンを走らせる音が響くだけ。
どれほどの、というほどの時間かどうか定かではないがそれなりの時間が過ぎた時、外の柱時計の音が鳴った。ボーンボーンと言う音を無意識に数えれば12回か。もう、そんな時間?とレニが顔を上げれば、大神がその音が止むのにあわせてレニの方を向いた。
其処には、酷く優しげな笑顔があった。慈しむような、大切な物を見る目。レニは、そんな大神の笑みに見惚れてしまう。
と、大神が口を開いた。それも、思いがけない言葉だった。
「レニ、誕生日おめでとう」
驚いた。そして、何より嬉しくてたまらず、レニの顔から満面の笑みが零れ落ちた。
「はは、実はその。書類の手伝いは序でレニに最初におめでとうを言いたかったんだ」
照れ臭そうに笑いながら、頭を掻く大神の姿を見ながらレニは心が温かくなるのを感じた。
「あ、ありがとう。隊長。ボク、凄く、嬉しいよ」
ほんのり頬を染めながら、言葉では伝えきれないような思いを大神へ。
花組の皆に祝って貰えるのは凄くうれしい、でも何よりも誰よりも隊長が祝ってくれるのが嬉しくて堪らなかった。
大神は、レニのそんな反応に嬉しそうに微笑みながら机の引出しを開けた。
「これ、誕生日プレゼント。その、恥かしいんで部屋に帰ってから開けてくれないかな?」
たははと笑いながら小さな四角い箱をレニへと渡す。レニは其れを大事そうに壊れ物を扱うような仕草で受け取った。
「ありがとう。ありがとう、隊長っ」
レニが大神に抱きついた。
突然の衝撃。それなのに、大神はレニをしっかりと力強く受け止めて優しく抱き返す。
「喜んでくれて嬉しいよ。さ、そろそろお帰り。もう、遅いしね」
こんな時間まで手伝わせてた俺が言う言葉じゃないけど。何て笑いながら大神はレニの背を優しく撫でた。
「あ、でも書類が……」
「構わないよ。後は俺がやるから。うん、手伝ってくれてありがとう。助かったよ」
レニは分かったと頷いて、ドアを開けた。閉める前に大神へと向き直り。
「おやすみ、隊長」
「ん、おやすみ。レニ」
そう言い交わしてから、レニはドアを閉めた。
暖かい気持ちを心に抱いたまま、レニは自分の部屋へと戻る。あまり足音を立てずに皆を起こさないように廊下を歩みながら。といっても、レニの足音は元々無意識に小さいが。
部屋へと辿り着けば、ドサリとベッドへと腰を下ろした。身体が火照っている、こんな嬉しい事はない。手にした小さな箱を見れば、口元が自然と綻ぶ。
レニは、ゆっくりとその箱のリボンを解いた。蓋を開ければ、大神が何時間も掛けて悩みながら選んだプレゼントが其処にあった。
取り出し、手に乗せる。プレゼントを手に、レニは思う。
あぁ、産まれて来て良かった。ボクは、こんなにも幸せだ。と。
夜が深けて行く。
冬特有の寒さの中に、月と星が浮かぶ。
冷えた空気は凛と澄み、その静寂の中に小さな白い影が振り降りた。
明日は僅かに雪が積もるだろうか――――。
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