すみれ
お別れのお話
切ない系
黄緑作
「晴天に降る雨」
「私、綾小路伯爵の甥子様との婚約が、正式に決まりましたの。」
「……そうか。」
俺は曇ひとつ無い青空にも、風になびく紫の着物の袖にも目を向ける事無く、うつ向いたまま静かにその言葉を受け入れた。
「止めたりは、しないのですね。」
「正式に…ということは、君も同意の上の事だったんだろう?」
彼女は一度強く決心した事は覆さない、意思の強い人間だ。
そういう所は、昔からよく知っている。
「はい。」
「なら、俺に君を止める事は出来ないよ。」
そして、この事を責める気も無い。
俺にはその権利が無いから。
もちろん気持ちが冷めたとか、他に好きな人が出来たという訳ではない。
ただ、時を経る度に大切な物が、守らなくてはならない物が増えていったのだ。
お互いの力では、手に余る程。
彼女が守りたい物を守る力が俺には無くて、また、俺が守りたい物を捨ててまで彼女の元へ行く決意が出来なかった。
それは彼女も同じで、だからこそのこの決断だったのだろう。
どちらが悪いという訳ではない。
だから責める事が出来ないのだ。
彼女を。
彼女を止めない俺を。
互いに。
「では、お別れですわね。」
そう言った彼女の言葉が震えていたので、ふと顔を上げる。
「あ……」
彼女は気丈な笑顔のまま静かに泣いていた。
風で散った涙が俺の指に当たり、改めて突き付けられる己の無力さと、まだ胸にくすぶる彼女への愛しさに、涙を包むように密かに拳を作る。
だがそんな気持ちを押し隠して、涙を拭おうと反対の手を伸ばしたが、彼女は首を左右に振ってそれを拒否した。
「すみれ君……」
「雨、ですわ。」
「……」
「雨なのですわ。」
だから、気にするなと彼女は笑う。
溢れ続ける雫はそのままで。
「…あぁ。雨だね。」
「はい。」
強がりである事は一目瞭然だったが、彼女の決意をないがしろには出来ない。
それに、もう彼女の涙を拭う男は俺ではないのだ。
でも、友人としてこれ位なら許されるだろうと、彼女の手を握り、しっかりと彼女を見ながら微笑んだ。
これが最後なら、必死に笑顔を見せてくれる彼女に笑顔を返したい。
「すみれ君。………また会おう。」
青く広がる空の下、雨が止む事と、彼女の幸せを祈りながら、別れの言葉を告げた。