しかし、それは霊力の喪失とともに叶わぬ夢となる。
霊力がないものは光武を動かす事はできない。故に、前線から退かざるをえなくなった。あの時、徐々に霊力が失われていく感覚にどれだけ絶望しただろう。
(でも……)
目の前の男の瞳を見る。黒くて、澄んだ、迷いの無い真っ直ぐな瞳。この人と血脈を同じくする青年も、似たような瞳をしている。
「理想通りの未来とはいかなかったわ。でも、」
私はもう星組の隊長になることは出来ないけれど、新たな隊長が守ってくれている。
私が愛した星組を。
「この未来も悪くはないわ。」
理想の未来でなくとも、未来への道は受け継がれていくのだ。
本当に大切なものは、そのままに。
(あぁ、だからなのね。)
そこまで考えて、ふと思う。
叶えたい願いがなかったわけではない。叶えたいことは、やはり沢山あった。
霊力の復活や、隊長への復帰。それに未練が無い訳はない。
けれども、星に願う必要はない。なぜなら、今がこんなにも幸せなのだから。
それに、違う未来を望むのは今現在の私を侮辱する事にもなる。
悩み、苦しみ、そうして掴んだ未来だからこそ愛おしい。そう、無意識ではあったがちゃんと分っていたのだ。
「……いらぬ心配だったかな。」
安堵した様な大神司令の声に弾かれたように顔をあげると、穏やかに細められた瞳とぶつかった。
とてもとても、嬉しそうな瞳に。
「前に君と別れた時は、まだ少し不安定な所もあって心配していたんだが……」
前、というと私が帝都に行った時のことだろう。それ以降は大神司令と直接会ってはいない。
確かにあの時の私は使命を重視し、他の色々なものを切り捨てていた。
帝都の花組と触れ合って、大切なことは他にもあるということを理解したが、理解したばかりの状態で別れてしまったから不安定と見られても仕方はなかっただろう。
「もう大丈夫だったみたいだな。心配といっては逆に失礼か。」
試すようなことをして悪かったと謝罪する大神司令に、首を左右に振って気にしないでほしい旨を伝える。きっとこの人の事だ。ずっと遠く離れた私のことが気がかりだったのだろう。
少なくとも、七夕に託けて私の心情を探ろうとする位。
質問には緊張したが、悪い気分ではない。どちらかと言うと、心配され慣れないせいかどこかくすぐったい。
「意外だわ。随分と心配症なのね。」
二つの華撃団の隊長という立場のせいか、凛々しく何でもこなすイメージがあった。
お陰で他人の心配をしてやきもきしている様は、予想外なものとして眼に映る。
けれどそれは悪い意味ではなく、いっそこちらの方が好感を持てる。
「前はそうでも無かったんだけどな。……華撃団に入ってからこうなったような気がするんだが…」
「ふふっ、苦労しているわね。」
苦労がにじみ出るような声を洩らす大神司令に思わず笑ってしまうと、大神司令は失言に気づいて慌てて口を押さえる。そんな行動も可笑しくて、笑い続ける私にばつが悪そうな顔を向けた。
「今のは、花組の皆には内緒で頼むよ。」
「あら、どうしようかしら?」
少し意地悪をして焦らすと、いつもはキリリとしている眉が垂れ下がる。
本当に困っているようだ。
それがやっぱり意外で、少し楽しいのは内緒だけど。
「頼むよ。……でも、そう言う星組はトラブルはないのかい?」
「いやだわ、星組はトラブルなんて………」
「ほぉう、良い度胸じゃないか新次郎。お前はアウトだ。覚悟は出来てるんだろうな!!」
「わひゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!サジータさんごめんなさいぃぃぃぃ!!」
「んもぅ、何やってるんだよ新次郎!!!」
「お?どうした新次郎!!ご飯食べるか?」
「リカ、そんな、鳥を食べるなんて……」
「リカ、君は取り敢えず新次郎の心配の前に、そのフライドチキンをダイアナに見えない所に持って行くんだ。」
不意に扉の外から聞こえてきた星組の声に、思わず口を噤む。いつの間に外に居たのかは分からないが、何ともタイミングが悪いとしか言いようがない。
チラリと隣の様子を伺うと、大神司令も遠い眼をしながら黙り込んでしまった。
追求の言が無いのはありがたいが、気まずい空気がこの部屋を満たしていく。
「…………」
「………………」
「………………大神司令。私、七夕の願い事を決めたわ。」
「……なんだい?」
「『隊員同士のトラブルが無くなりますように』」
「………俺もそう願おうかな。」
大神司令は労わるような視線を私に送りながら(そんなに疲れきった顔をしていたかしら?)、私の肩をぽんと叩いた。お互い、苦労する運命にあるらしい。
「ごめんなさいごめんなさいサジータさん!!許してくださいっ!!!!!!」
「問答無用!!!」
「新次郎ってば、聞いてるの!?」
「何だ昴。昴も食べたいのか?だったらリカのを少しあげてもいいぞ。サジータからいっぱい貰ったんだ。ほら!!!」
「あぁ、鳥が…………。私に幸せを運んでくれる、私の友人たちが……」
「リカっ!良いから持って行くんだ。ダイアナが卒倒する。」
「………星に祈る前に、今は止めに行った方が早そうだな。」
「……同感だわ。」
放置しても悪化していくだけになりそうな現状に、心の中で頭を抱える。
随分と身内の恥をさらした気分だが、大神司令も血縁者が一人居るせいか片手で顔を覆っている。
そういえば、大神司令はサニーに渡す本があったことをチラリと思いだしたが、取り敢えずは後回しにするしかないだろう。
「「はぁ……」」
全く同時に大きなため息が出て、あまりのタイミングの良さに驚いて大神司令の方を向く。
大神司令も驚いたのか、大きく目を見開いてこちらを見ていた。が、それは数秒でくしゃりと崩れて少し困ったような笑顔に変わった。
「行こうかラチェット。」
「えぇ、大神司令。」
二人笑って、ゆっくりと歩いて扉を開ける。
「新次郎。何をやっているんだ?」
「ダイアナ、大丈夫?」
そして、仕方ないと思いながらも愛おしい「今」を構成する人たちに声を掛けた。