「賭けと約束」
「レニ、トランプやらないか?」
そう声を掛けられたのは、もう帝劇内に明かりも殆ど無くなった頃だった。
「構わないよ?」
突然だったが、レニは快く承諾した。
夜中だったがまだ眠たくなく、中庭で星を見ていただけだったし、明日公演は無い。
それ以上に相手が大神であり、昼間皆でトランプをしていたとき、仲間に入れてほしそうな顔をしていたそんな彼を見ていたから。その時は結局、仕事で忙しくトランプゲームに入れなかったようだし。
「見回りは終わったんだ?」
遊戯室にあるトランプを取りに向かいながら、レニが口を開いた。
「あぁ、見回りも仕事も終わったよ。だから、安心して遊べる」
大神は笑みを浮かべて答えた。
それから、付け足す様に言葉を漏らす。
「けれど、あまり遅くまでは遊べないな。レニをそんなに付き合わせたらまずいし」
ははと笑う大神につられて、レニも小さく笑みを零す。
遊戯室に着けば、トランプを持ってサロンへ。
夜なので、暖炉に火は灯っていないが、まだそこには火の暖かさが残っていた。
大神が一応寒くないかとレニに聞いたが、レニは大丈夫だと首を振った。
「さて、何をやろうか?二人だけだしなぁ」
ポーカーとか?と席に付きながら、大神が小首を傾げる。
レニは何でもいいよと大神を見返す。
それじゃぁと呟きながらトランプを切り始めた大神の手元を見ていたレニは少し驚いた。
大神は巧みにトランプのカードを操り綺麗に切って行くのだ。
意外だった。あまりこういうのに慣れてない様な気がしていたから。
「ん?あぁ、結構海軍時代に遊んだから。それと、少し巴里でね」
そう言って、大神たははと笑う。娯楽が少なくてさ、海軍の頃は。と言い放つと、大神はカードをテーブルに広げ始めた。
最初は、神経衰弱。レニの勝ち。
次は、ブラックジャック。大神の勝ち。
スピード。レニの勝ち。
ポーカー。大神の勝ち。
両者なかなか勝ちを譲らない。
「うーむ。強いな、レニは……」
大神は、思わず唸る。
「隊長も十分強いと思うけど」
こちらは、思わず笑ってしまう。
負けた方がカードを切るというペナルティを決めたので、今回はレニがカードを切っている。
そんなレニの姿を眺めながら、大神は何かを思いついて、ぽむと手を打った。
「どうしたの?隊長」
それを見たレニはきょとんと大神を見つめる。
カードは切り終え、テーブルに置く。
「レニ、賭けをしないか?」
にこりと微笑んで大神は唐突に提案した。少し楽しそうなのは、見間違いではないだろう。
「これが最後。ババ抜きで、さ。俺が勝ったら、俺の願いを1個聞いて。レニが勝ったら、俺がレニの願いを1個聞く」
人差し指を立てて、どうだいと言ってから大神はさっそくとばかりにカードの束を取って分け始めてしまう。
「え?うん、構わないよけど……。二人でババ抜きは、ゲームになるの?」
少し戸惑いながらも、レニはそれを承諾しつつ、根本的な問題の部分で首を傾げた。
それから、取り敢えず配り終えられたカードを手に取って、被っているカードを捨てて行く。
「メインは、最後のババの引き合いだから問題ないさ。ババ抜きなんて、運だからね。さてどうなるかな?」
先程勝った方からと言う事で、大神がレニのカードを引いた。最初は淡々と流れ作業の様に続くババ抜き。
最終的に、大神に2枚。レニに1枚とカードが残った。ババを持っているのは、勿論カードを2枚持っている大神。
大神は笑みを浮かべたまま、さぁどうぞと、カードを差し出す。
レニは大神の表情を窺ってみるが、変わらず優しい笑みを浮かべていてどうも変化は読み取れそうになかった。
仕方なく、ババを引くか引かないかは運に任せて、カードを引いた。
大神の笑みが深くなったのを見て、どうやらババを引いてしまった事を悟る。
一応カードを確認してみたが、やはりババだった。小さく息を吐いた。ちょっと残念。
レニはカードを切って、大神の前へと出す。
「俺の番だね」
そう言って、大神は真剣な表情でカードを見つめ、それから様子を窺う様に黒い瞳がレニを見つめた。
暫し静寂が落ちる。
正直、表情をあまり変える事の無いレニを観察しても答えは見えて来ないだろうが大神はただ静かにレニを見つめる。
そういて、よくよくレニの表情を見ていると、以外にこの勝負に食いついてる事に気付く。
少々真剣な瞳が、何だか新鮮で目が離せなくなった。
そして、レニが何だか徐々に視線を外して俯いた。
「……………隊長。早く引いて…」
頬が少し紅いのは見つめられて恥ずかしかった所為だろうか。
「あぁ、ごめんっ。じゃあ、こっちを……」
大神がカードを引いた。
嬉しそうに笑みが深くなる。
レニは顔を上げて、手に残ったカードを見る。
「あがりっ、俺の勝ちだね。レニ」
大神は、ひらひらとカードを振って見せた。スペードのAが躍っている。
レニの手に残ったカードはババだった。
「そうだね、僕の負けだ」
やっぱり、少し残念そうにしてからレニはカードを纏め始めた。
賭けに負けたとはいえ、大神が無理難題を押し付けてくる事はないだろうと思っているので慌てる事もない。
大神が、手に持っていたカードをレニに渡した。レニはそれを受け取り、次にこのトランプを使う人が困らない様にとカードを丁寧に切る。
切り終えれば、カードをテーブルに置いた。
そうして、大神へと向き直る。
カードを切るのを待っていたのだろう大神は、レニの顔が自分の方に向くと、優しい笑みを浮かべ、口を開いた。
「じゃあ、俺の願い事。23日の夜は開けておいて」
言い終えれば、にこにことレニを見つめているだけ。
レニは首を傾げる。
「そんな事でいいの?」
思わず聞き返した。
「あぁ。だって、次の日はクリスマスの特別公演だろ?そんな大事な日の夜を俺の為に開けてもらうんだ、それだけで十分」
今から楽しみでしょうがないとばかりに微笑んでいる大神を見て、レニも笑みを零す。
「分かった。開けておくよ」
そうして頷いた。
「よし!じゃぁ、そろそろお開きにしようか。付き合ってくれてありがとう、レニ」
「んん、僕も楽しかった。また、やろう隊長」
自分を見上げて微笑むレニに、大神は思わず額に口付けを落とす。
くすぐったそうに瞳を細めたレニを部屋まで送る。
「おやすみ、レニ」
「おやすみ、隊長」
2人は傍を離れた。
大神は部屋へと戻りながら、
「今年は何とか、他のメンバーに取られずに、レニと2人っきりでいられるな。後は、あのプレゼントを買って――」
そうして、大神は部屋の扉を開けた。
その後、扉の閉まる音。
そのさほど響かない筈の音を聞いたレニは、笑みを浮かべて窓から見える月を見る。
「おやすみなさい、隊長」
もう一度そう呟いて、レニはカーテンを静かに閉めた。