大神×紅蘭
桜のお話
「花咲く場所へ」への続きです。
蒼作
「華舞う場所へ」
「あ、大神はん。此処におったんやね」
今日の仕事を昼までに終えてしまい、取り合えずサロンで休んでいた大神に声を掛けてきたのは紅蘭だった。
「やぁ、紅蘭。どうしたんだい?」
大神は口を付けていたカップをテーブルへと戻しながら、優しげな笑みを浮かべてこちらへと歩いてくる紅蘭を見やった。
「大神はんを探しとったんや。ところで、これから時間空いてます?」
はにかんだ笑みを浮かべて、紅蘭は大神へと訊ねる。
少し尻込んで居るのが、自分らしくないと思いながら、でもこの人の前だから仕方ないとも紅蘭は思う。
「あ、その、今日でなくともええんです。ただ、近々空いてる時間があるんなら、付き合って欲しい場所があるんですねん」
思わず逃げてしまった自分をたははと笑う紅蘭を、大神は静かに見つめてから立ち上がった。
「構わないよ。今、ちょうど暇なんだ。付き合わせてもらうよ」
「ほ、ほんまでっか!?」
紅蘭の表情がぱぁっと明るくなった。
大神は、その変化を見て華のように笑う娘だなと嬉しそうに微笑む。
「で?何処へ行くんだい?」
着替えた方が良いかなと訊ねながら、大神は自分の格好を見下ろす。
何時もの着慣れたモギリ服。もう、違和感すら感じない着こなしで。
「あ、それで平気やで。別におしゃれな所に行くわけやないねんから」
大神のそんな姿に紅蘭はクスリと笑って、手招きした。
小首を傾げながら、呼ばれたので大神は紅蘭の側へと近寄った。
そうしたら、紅蘭がネクタイを軽く直してくれる。少し、曲がっていたそうだ。
照れくさくて、大神は頬を掻く。
「ほな、行きまひょか」
ぽんと、大神の胸を叩いて紅蘭は先行して歩き出した。
大神は、その後をゆっくりと着いて行く。
他愛の無い会話を少し交わしながら帝劇の玄関へと着くと、其処には紅蘭お手製の赤いバイクが置いてあった。
大神はそれを見て、苦笑を漏らす。
「これで行くのかい?」
何度か爆発した経緯を持つそのバイクがちょっと怖い。
「ちょっと遠い所なんや。これなら、あっと言う間やで?なぁに、心配する事無いで!これ、爆発した事数回しかないんやから」
どーんと威張ってみせる紅蘭へ、何を言っても聞くまいと悟り大神は仕方なく苦笑った。
まぁ、確かに何度か借りた事もあるが、爆発したのはほんの僅かだ。此処は、意を決して乗る事にしよう。
「ん?紅蘭が運転するのかい?」
颯爽とバイクへと跨った紅蘭を見て大神は首を捻った。
「何言ってんねん、大神はん。大神はんはこれから行く場所知らんやろ?うちが運転しないで誰がするんや」
早く乗れと言わんばかりに、後部座席を紅蘭はぽむぽむと叩いた。
大神はそういえばそうだと笑って、バイクの後部座席へと。
「ほなら、しっかり掴まっといてな」
バイクのエンジンを掛けながら大神へと声を掛ける。
ああと頷いてから、大神はうろたえた。何処を掴めば良いのだろうか。
わたわたしていると、紅蘭がいぶしがって振り返る。
「何しとんねん。早く腰に腕回して掴まってぇな」
「あ、あぁそうだねっ」
言うも、そろそろと躊躇しながら大神は紅蘭の腰へと腕を回した。
「つ、掴まったよ!」
「ほな、いっくでぇっ!」
そうして、バイクがすごい勢いで発進した。
豪雷号や光武などで慣れていると言っても、少々Gに驚いてぎゅっと紅蘭へと抱きついてしまった。
しかし、紅蘭は気にした風も無く顔は見えないが楽しそうにしているのが分かった。
大神も暫くすれば軽く身体を起こし、風を切って走る事が心地よくなってきた。
街並みが後ろへと流れて行く。人々の動きが遅く感じた。一台車を追い越した。
暫く走り続ければ、景色が変わってくる。
徐々に家が少なくなって、この辺は郊外になるのだろうか。
「紅蘭!何処まで行くんだい!?」
ビュービューと耳鳴りのような風の音に負けないように大きな声で紅蘭へと問いかけた。
紅蘭はちらりと振り返って、にかっと笑ってから又前を向く。
「もう少しかかるわ。がまんしてな」
そして、かなり走り続けた後。視界にピンクの景色が映る。
だんだん、その景色が近付いて来て。視野一杯に広がって、切る風の中にピンクの花びらが混じって。
それから、ゆっくりとバイクが止まった。
咲き乱れる、桜、桜、桜。
視界一杯が桜色。
上野公園の桜も凄いが、此処の桜も凄かった。
「うわ……これは、凄いな」
思わず感嘆の声。
風に舞う桜の花びらが美しかった。
「大神はん。そろそろ、離してぇな。降りれんやろ?」
ちょっと頬を染めながら、紅蘭が遠慮がちに言った。
「ご、ごめんっ!」
大神は慌てて手を離してバイクから飛び降りる。
「えぇて。そりゃぁ、見惚れるやろ。此処の桜は」
紅蘭もゆっくりとバイクを降りて、桜を見上げた。
暫く、二人は黙ってその桜を見つめる。言葉は無くとも伝わる思い。それほど、桜は見事だった。
「紅蘭、どうして俺を此処へ?」
どう考えても、此処は取って置きの場所だろと。
誰かに見せたいという思いもあるが、人と言うのは自分一人の場所も求める物だ。
きっと、それが紅蘭のその場所だと思ったから。
「ん。大神はんに見せたかったんや。前、大神はん、梅の華見せてくれはったやろ?その、お返しや」
微笑む紅蘭がとても愛おしく思えた。つられるように大神も微笑む。
それから、又暫く黙っていると。紅蘭がなんだか恥ずかしげに口を開いた。
「と、まぁ。それは建前で……誕生日あったから、せやからせめて一日は大神はんと居りたくて……」
言ってしまえば、紅蘭はてててと駆けて行ってしまう。
大神は驚いたような表情を零してから、嬉しそうに笑った。
今日は、とても良い日だ。
桜の花びらを纏う紅蘭を見てそう思った。