新次郎×昴
題名通り、写真のお話
蒼作
「写真」
「昂さんっ!写真撮らせて下さい!」
昼下がりの午後。屋上のサロンで一人本を読んでいた昴を見つけ、新次郎はキャメラトロンを手に昴に声を掛けた。
「………君は…、唐突だな」
本へと降ろしていた視線を上げ、溜息混じりに昴は新次郎へと顔を向ける。
「あ、はい。唐突なのは分かっているんですけど……。昴さんの写真が欲しいんですっ」
新次郎は、勢いだけで昴に迫る。今の彼は、YESと言うまで何度でも迫って来そうだ。
昴は、小さく溜息を吐いて本を閉じた。
「……昴は言った…。何時だか、僕は写真はあまり好きではないと、言ったはずだ……と」
新次郎の顔が、うっと顰められた。どうやら、そう言った事を覚えて居たようだ。
だが、それでも新次郎は諦めない。
「そ、それでも!昴さんの写真が欲しいんですっ。一枚!たったの一枚で良いんです」
がばりと頭を下げる新次郎に、どうした物かと、昴は本の淵を指先でなぞった。
「そんなに欲しいのなら、ブロマイドでも買えば良いだろう?いや、たしかもう持ってるんじゃなかったかい?」
何をそんなに躍起になっているんだと、思わず小首を傾げてしまう。
「あれじゃぁ、ダメなんですっ。そ、その…何時もの昴さんの写真が欲しくて……」
だんだん声が小さくなっていくものの、昴は其れを聞き取り小さく苦笑を零す。
「まぁ、確かに。アレは、役者の僕だが…」
それでも、もう一度小首を傾げてしまう。
「どうして写真が欲しいんだい?」
結局行き着く場所は其処なのだから、そうそうに聞いてしまえばよかったと思いながら、昴は新次郎に問うた。
「え、えっと、その……い、何時も持って居たくて、そのっ、ぼくが撮った写真なら、えと、昂さんと何時も一緒の気が…………」
先と同じようにだんだん声が小さくなり、顔は俯いて行く。尚且つ、徐々に赤くなっていった。
昴は自然と嬉しそうな笑みを浮かべた。
「なるほど、それで僕を撮りたい訳か」
本をテーブルへ置けば、何処からか取り出した扇を開き口元を隠す。
そして、新次郎に見つかる前に嬉しそうな笑みは消えてしまう。
そんな昴を、俯いたまま上目使いに、軽く涙を溜めた瞳で見やる新次郎。
「いいよ。ただし、一枚だけね」
フッと微笑んでから、昴は答えた。
「本当ですかっ!有難う御座いますっ!!」
先とはうって変わって、新次郎はその顔に満面の笑みを浮かべた。
そうして、キャメラトロンを構えああでもないこうでもないと、角度を変えたり、自分の体勢を変えたりと忙しなく動く。
「早くしてくれ」
苦笑を零しつつ、昴は扇をゆっくりと閉じた。
「じゃぁ、撮りますっ!」
―――カシャリ―
シャッターが押された瞬間に、昴は優しく。新次郎だけに見せる笑みを浮かべた。
「うわぁ、うわーっ。撮れましたっ。有難う御座いますっ!」
本当に嬉しそうに、子供のようにはしゃぎながら、撮れた写真を手に瞳を輝かせる。
「誰にも見せてはいけないよ」
そう言って、昴は本へと手を伸ばす。
「はいっ!ぼくだけの宝物にしますっ」
がばりと、これでもかとお礼を言って新次郎はその場から去っていった。
静かになったサロンで、昴は本に目を下ろす。僅かばかり頬が赤いのは、ちょっと恥かしかった所為かもしれない。あんな笑み、新次郎にしか見せない。其れを撮らせてしまったから。
「………昴は思った…。今度は、僕が新次郎の写真を撮ろう、と」
そうすれば、新次郎が言った様に何時でも一緒にいられる気がする。
たった、写真と言う写された物であっても。
そう思いながら、昴は眼下に広がる紐育の街並みへと視線を投げた。