孫策×大喬
すれ違いなお話
ほのぼの
蒼作
「キミヲサガシテ」
ふと、孫策は首を傾げた。
予定していた時間ほぼきっかりに屋敷に帰り着いたのだが、そこに大喬の姿が無かったのだ。
何時もならば、笑顔で迎えてくれるはずなのにだ。
どうしたのだと、首を捻りながら廊下を進んだ。
まず、彼女の部屋に行ってみたが、姿は無かった。
一応自分の部屋にも行ってみたが、やはり居ない。
うーむと唸りながら、鎧と剣をがちゃがゃ言わせ大喬を探す。
見当たらない。
「何処行ったんだ?あいつは…」
これ以上むやみに探すのもあれなので、人の気配のする手近な部屋の戸を開け放つ。
そこに居たのは母、呉夫人と呉国太。
「ん?帰ったのかい、策」
呉夫人がキセルを燻らせて、孫策を見た。呉国太も孫策を見て小首を傾げて居る。
「あぁ、帰った。なぁ、おふくろ。大喬を知らないか?」
手をひらりと振ってから、挨拶もそこそこに孫策は二人に大喬の居場所を尋ねる。
「さぁねぇ?呉国太、アンタは?」
すぱーと紫煙を吐きながら、呉夫人は呉国太を見た。
「さあ?私も知りませんわ」
羽扇をばたぱたさせながら、呉国太も先とは反対方向へと小首を傾げた。
「なんだ、知らねぇのか…」
はぁと孫策は盛大に溜め息を吐いて、首を掻く。
そして、此処にはもう用はないとばかりにさっさと踵を返す。
「愛想でもつされたんでしょう?」
羽扇で口元を隠しクスクスと笑う呉国太に次いで、呉夫人が盛大に笑う。
「あっははっ!それは良いっ、策にあの娘は勿体ないからねっ」
「うるせぇっ!ちげぇよ!!」
笑われた腹いせに戸を壊れんばかりに力まかせに閉めたが、室内からの笑い声は消えなかった。
「ちっ!あの母親共めっ」
肩を怒らせ歩きながら次の相手を捜そうと歩き出す。
と、ちょうどこちらへと歩いてくる叔父の呉景を見つけた。
「叔父きっ」
片手を上げてから声を掛ける。
その声で、孫策に気付いたのか、呉景が孫策を見る。
「あぁ、策か。どうした?」
「大喬を捜してるんだ、叔父き知らねぇか?」
腰に手を当て、はぁと息を吐く。さっきの母親達のダメージが効いている様で、肩も落とす。
「なんだ?策らしくもない。あー、大喬だったな。さっき権と話していたのを見たが…」
珍しい孫策の肩を落とす姿を見て、瞬きながら大喬の姿を思い浮かべ、呉景は答えた。
孫策は、呉景からそれを聞くとぱっと顔を上げて微笑む。
「ホントかっ!?ありがとよっ、叔父き!」
礼を言いながら、呉景の脇を通り抜けつつ肩を軽く叩き、孫策は今度は孫権を捜して駆け出した。
呉景はその孫策の背を何だ、相変わらず元気だなと見送った。
暫く屋敷内を歩いたが、大喬どころか、孫権も見当たらず孫策は足音も乱暴に手当たり次第に部屋を覗いて居た。
「あー!くそっ!権はぜってぇ殴る!」
そう、怒鳴りながらある部屋の戸を開けた。
「きゃっ」
小さな悲鳴を聞いて、おっとと踏み出そうとした脚を慌てて止める。
「大丈夫か?小喬」
視界に入って来たのは、義兄弟の周瑜とその妻小喬。
あぁ、そういえばこの部屋は周瑜の部屋かと、孫策はちょっと周りを見回して確認する。
「さっきから騒がしいのは、お前か伯符」
小喬を抱き留めながら、周瑜は溜め息を吐く。
それから周瑜は、無遠慮に孫策を爪先から頭のてっぺんまで流し見て、片眉を上げる。
「まだ、そんな格好をしているのか?」
「帰って来て随分経ってますよね?」
小喬も抱き留められた身体を起こしながら小首を傾げる。
こちらも、無遠慮に室内を見回してから孫策は二人をみやり、苦笑い。
「…大喬が居なくってな」
がりがりと、頭を掻いて今度は罰が悪そうに。
「大喬が?」
「姉様が?」
二人の声が重なる。
「知らねぇか?」
孫策の問いに周瑜と小喬が視線を合わせたが、その視線を孫策へと戻すと首を振った。
「そうか。…じゃぁ、権を知らねぇか?」
もう一つの孫策の問いに、前の問いと同じ様に視線を合わせてからまた、首を振った。
「あー、ったく。何処へ行ったんだ?」
孫策は肩を落として、本日何度目かの溜め息が漏れる。
周瑜と小喬は心配そうに孫策を見遣った。
「伯符。まぁ、取り敢えず着替えてからまた捜してみたらどうだ?」
孫策の肩へと手を置いて、周瑜から取り敢えずの提案がでた。
「そうですよ。姉様が誰にも何も言わずに出掛ける何てありませんから、どこかに居ますよ」
小喬も優しげに声を掛けるが、孫策の表情は変わらなかった。
「ん、もう少し捜してみる。邪魔して悪かったな」
後ろ手に手を振り、周瑜の部屋を後にする孫策の背を見ながら、周瑜と小喬は苦笑う。
「あれは、ダメだな」
「でも、姉様そこまで愛されてて羨ましいです」
そんな風に言葉を交わし合い、二人は部屋の戸を閉めた。
大喬の心配もするが、屋敷内に居るのなら大丈夫だろう。孫策も捜している事であるし。
孫策は廊下を歩きながら、自分の部屋へと向かっていた。二人にはもう少し捜すとは言ったものの、この鎧が何時もより重く感じられまだ帰ってからそこまで時間も経って居ないし、着慣れているにも関わらず、疲れて来たからだ。
床を見ながら歩いていたが、ふと人の気配を感じて視線を上げる。
「権……」
視線の先の気配は孫権だった。
「兄上。お帰りなさい」
笑顔を振り撒きながら近寄ってくる孫権をじとりと見遣り、手が届く所まで孫権が近付くと、孫策は孫権を殴った。
「いたっ!?な、何するんですかっ、兄上!?」
殴られた頭を抱えしゃがみ込む孫権を見下ろし、孫策が口を開く。
「てめぇっ、何処に居やがった権!」
なにやら、兄の理不尽な怒りに訳が分からずに戸惑う。
「お前を捜してたんだよっ、大喬と話してたって言うから」
一発殴ったお陰で、気分が落ち着いた孫策は、起き上がれと孫権に手を伸ばす。
「へ?俺が義姉上と?」
素直に孫策の手に捕まり立ち上がる孫権ははてと廊下の天井を見上げ、思い出そうと視線を泳がせる。
「あぁ、そういえば随分前に」
手をポムと鳴らし思い出したと笑みを浮かべる孫権。
「ホントか!?でっ、大喬はその後何処へ行った!?」
勢いの余り孫策は、孫権へと詰め寄った。
孫権はそんな孫策の反応に、一歩引いて両手をわたわたと振りながら汗を流す。
「えっ、えっと何処だったかなぁ」
必死に思い出そうとするが、今度はどうしても思い出せずにあたふたと。
「大喬姉様なら、権兄と話した後庭の方へ行ったわよ?」
と、突然孫権へと助け舟を寄越したのは、孫策の後へと現れた孫尚香。
「策兄お帰りっ」
タンッと床を蹴って、孫策へと抱き着く。
「おぉっ、尚香。帰ったぜ!」
孫策は抱き着いてきた尚香を抱き留めるが、直ぐに下ろして歩き出してしまう。
「すまん、尚香。それとありがとな」
ニカッと嬉しそうに足早に歩いていく孫策を見送りなから、尚香が何だか寂しげに呟く。
「ていうか、大喬姉様と権兄が話してたの結構前だらまだ居るかは分からないけど…」
その呟きが孫策に届く事は無かったが、孫権には届いた様で、尚香へと顔を向ける。
「だよなぁ。って、しかし助かったよ!ありがとな、尚香」
安堵の笑みを浮かべる孫権に、尚香はにやりと笑みを向けた。
「権兄っ、これで貸し一つね~」
そう言うが早いか、孫権の背をパシリと叩いて、スキップで逃げ出す。
「えぇ!?まじかよっ!?ちょっ!尚香!」
そんな尚香の後を孫権は慌てて追って行く。
大喬の居場所を知った孫策は、逸る気持ちを抑えながら庭を足早に歩んだ。
もう此処には居ないとは思わない。寧ろ、絶対此処に居るという気がしてならなった。
きっと、あの木の下だと。
そして、そこに大喬は居た。
幸せそうに眠っている。
「何だよ、くそぅ。こんなに捜したのによ」
文句が口を吐いて出るが、顔は笑っている。
静かに、大喬を起こさぬ様に隣へ腰を下ろす。
大喬の寝息が、耳に届く。
孫策は声を立てずに笑った。
「あぁ、畜生。幸せだなぁ。後は、あんたが居れば。なぁ親父よ」
空を見上げ、そこに父を見た。
家族皆の顔を思い浮かべた。
それから、大喬の寝顔を見遣り、もう一度幸せだと呟いた。