孫呉ファミリー
戦が終わり、帰宅した孫呉ファミリーのお話
呉景がメインの家族話
蒼作
「彼もまた彼の地の英雄で」
「叔父き!」
ドタドタと足音も荒く、先に戻った呉景の下へとやってくるのは、戦を治めた孫策だった。
戸を乱暴に開け放ち部屋へと踏み入った孫策を見て、呉景は溜め息を吐く。
ただでさえ人口密度の高い部屋にまた一人増えたのだ。まぁ、まだ自室ではないだけましか。
「なんだ?策」
「なんだじゃねぇよっ!何度言ったら解るんだっ、一騎討ちするんじゃねえって!」
ダンッと床を踏み鳴らし孫策は呉景へと詰め寄った。
呉景は軽く身を引いてから、また溜め息を吐く。
そして、傷の治療をしてくれている孫策の妻、大喬を見やる。こいつをどうにかしてくれとばかりに。
しかし、大喬は申し訳ありませんと言外に語る。ううむと、呉景は唸った。
しかたなしに、今度は周囲へと視線を走らせたが、この部屋に集まっている誰もが、自分の姉呉夫人も、呉国太も、彼女達の子供孫権も、尚香も、息子の友人周瑜も、小喬も、すまなそうに、面倒臭そうに視線を反らした。
「叔父きっ!」
少しの間も待てず、荒々しく怒鳴る孫策。
呉景はこれでもかと言うくらい大きな溜め息を吐いた。
「あのなぁ。俺だって好きで一騎討ちしてるわけじゃないんだぞ?」
呉景は孫策へと言いつつも、周囲を見回しながら口を開く。
「お前が戦前に突っ込んで行くから、後衛のはずの俺にもお前が打ち漏らしたやからが向かって来るのではないか」
正論だと、周囲の何人が頷く。
「ぐっ…」
孫策は言い返せずに言葉に詰まる。が、何とか言い返そうと口を開いた所で、呉景の治療を終えた大喬が口を挟んだ。
「伯符様。とりあえず、着替えをお済ませ下さい。さぁ」
立ち上がれば、大喬は孫策の腕を取り引っ張って行く。
「だ、大喬っ!?だがっ」
妻には勝てないのか、ずるずると引っ張っられへやから姿を消した孫策。
室内にほっと安堵の空気が揺れた。
「すみません、呉景殿。戦略を考え直す必要があるようなので、伯符とそれをなんとかしてきます」
周瑜は1番に口を開き礼をしてから小喬を伴って部屋を出て行った。小喬が律義に部屋を出る前に頭を下げた。
「すまないね。まったく、猪突猛進の馬鹿で…」
呉夫人が額を抑えて溜め息と共に言った。
「アンタが居て助かってるよ。これからも宜しく頼むよ」
パシリと軽く呉景の背を叩き後ろ手に手を振って、去って行く。呉国太も、ポンと呉景の肩を叩き呉夫人の後を着いて行った。
次は私の番とばかりに、尚香が呉景へと軽く抱き付く。
「仕方ないとは言え、無茶はしないでね。叔父さま」
呉景から離れれば、尚香はじゃあねと走って行ってしまう。
何だか取り残された呉景は何度目かの溜め息を吐いた。
「なんなんだ?いったい…」
「あれだね。皆心配なんだよ、叔父上が」
最後に残っていた孫権が、苦笑する。
ん。と呉景がそちらを向く、孫権は手をパタパタ振りながら今度は笑った。
「皆、表現が下手なんだよ。でもさ最近、ホント叔父上は策兄の言う通り一騎討ちやら無茶が多いじゃない?だからさ」
それを聞いて、呉景は苦笑う。
「…でもなぁ―」
言い掛ける呉景の言葉を遮って孫権は続けた。
「そんなんで死んじゃったら、父上も笑って迎えてくれないよ?」
ねっと笑みを浮かべれば、孫権も部屋を出て行ってしまう。
本当に一人残された呉景は額に手を当てて、ククと笑った。何とも孫家の者達は身内に弱い。そして、自分の心配よりも他人の心配ばかりだ。
だが、自分もそれに感化された事を知った。
「俺は死ぬつもりはないが…。それでも皆に心配掛けたり、義兄上に叱られるのは嫌だな」
笑いが零れる。
それでも、呉を押し上げる為に俺は居るのだと気高く笑った。
俺は俺の意志を曲げんと。
大切な家族の為に。