「今日はきっと良い日になる」
新次郎×昴
誕生日記念。24:00に帰宅のお話
蒼作
新次郎×昴
誕生日記念。24:00に帰宅のお話
蒼作
「今日はきっと良い日になる」
夜遅く。シアターからの帰り道。
もう、慣れ親しんだその道を、機嫌よさげに歩いているのは、 大河新次郎 。
「えへへへ」
我慢しきれないのか、時折嬉しげな声が漏れる事を止められない。そんな姿は、はたから見ると怪しい事この上ないが、本人はその事に気付いていない。
そんな彼の唯一の救いは、シアターから此処まで人と擦れ違う事が無かった事だろう。
そうして、そんな風に歩き続ければ何時しか自分の部屋の側。歩きながらポケットを探って鍵を探す。
「あった」
少々手間取って引っ張り出した鍵を目の前まで持ち上げて笑顔を零す。
「君は、何処までも興味深いな……」
「わひゃぁっ!?」
突然脇から声を掛けられて、新次郎は文字通り飛び上がって驚いた。
それから、慌てて声のした方へと顔を向ければ、其処には 九条昴 。その人が居た。
「すっ、すす昴さん!?」
「昴は言った。此処が君の家だろう。何処まで行くつもりだ……と」
扇を広げて口元を覆い隠し、昴はこれ見よがしに溜息を吐いた。
新次郎は昴に言われてから、え?とばかりに周囲を見渡す。そして、鍵を探す事に夢中で自分の部屋の前を通り過ぎてしまっている事に始めて気付いた。声を掛けて来た昴も少々後方にいる。
「あ、あははは」
あまりの自分の間抜けさ加減に、誤魔化すように苦笑い。
昴はそんな新次郎を見て、もう一度小さく溜息を吐いて、ドアノブへと手を伸ばしドアを開けた。
「ともあれ、お帰り。勝手に上がらせて貰ったよ」
そうして、鍵のついたキーホルダーを掲げ、昴は新次郎へと優しく微笑んだ。
部屋に入れば、テーブルには昴専用の湯飲みが置いてあり、それはどうやら飲み掛けのお茶らしいかった。
部屋に来た昴が飲んでいたのだと胸中で呟いて再確認する。
「お茶でいいかい?それともホットミルク?」
昴は、部屋に入ればそのまま部屋備え付けの簡易キッチンへと足を運ぶ。
「あ、すみません。それじゃぁ、………お茶を」
昴の背を見ながら、自分は他にする事もない為、新次郎は大人しく椅子に座って待つ事にする。
そして、椅子についてやっと一安心したのか、今日一日の疲れが押し寄せてきた。
「そう言えば、何で外に居たんです?昴さん」
小さく息を吐いてから、疲れに落ちそうな顔を上げて、昴の背に問い掛けた。部屋で待っていればいいじゃないですかと、視線が昴の姿を捉え。
「なに、君がそろそろ帰ってくるのではないかと思ってね。僕の予想は当たりやすい。外へ出て幾らもしないうちに、大河。君が帰ってきたからね」
フフと笑いながら、だから長時間外に居たわけではないから心配するなと言外に伝え、マグカップを手に新次郎の側へと戻る。
コトリ。カップを新次郎の前に置いてやり、昴は空いている新次郎の対面の席に腰を落ち着ける。
新次郎の前に置かれたカップからは湯気が立ち上り、僅かに甘い香りがする白い液体が波紋を描いていた。
新次郎は、それをじっと見つめてから上目遣いに顔を少し上げて昴を恨めしそうに見やる。
「ホットミルク。それが良かったんだろう?」
ちょっと、意地悪そうに笑いながら昴はもう冷めてしまっている自分の湯飲みに残っていたお茶へと口を付けた。
「うぅ……。あっ、暖かいお茶入れます?」
「いや、結構だ。これで良い」
そう言うと、またお茶へと口を付けた。そんな昴を暫し見つめた後、新次郎もせっかく昴が用意してくれたホットミルクを口へと運んだ。
暖かく、少し甘い味が口内へと広がり、何だかホッとする。次いで胃へとそれを流し込めば、胃が優しく満たされた。
「ところで、君は何をニヤニヤしていたんだい?」
昴は、湯飲みを置くと扇を軽く広げた。
「へ?」
自分では自覚していなかった事を尋ねられて、きょとんとした表情で新次郎は昴を見やる。それから、小首を傾げた。
「自覚、無しか。実に君らしいね」
クスクスと笑いながら、昴は髪を軽く掻き上げる。
「ま、どうせ明日の事でも考えていたんだろう?」
ぱちりと扇を閉じて、それで新次郎の鼻を小突く。
「あいたっ。むぅ、何で分かっちゃうんでしょう。昴さんって凄いですね」
「大河は直ぐに表情に出る。だから、読みやすい」
小さく息を吐きながら、扇を引き戻しそれを昴は顎に当てた。
君に、ポーカーフェイスは似合わない。何て、胸中で呟くも昴はそれを口には出さずに苦笑いだけを浮かべた。
「昴さんの言う通り。僕、明日が楽しみなんですっ。誕生日を祝ってくれるのが嬉しくって。それが、顔に出ちゃったんですね。いけないいけない」
ぱんぱんと両頬を叩いて表情を改めようとするも、直ぐににへらとしてしまう新次郎。
「君らしくて良いと思うよ。僕は」
昴は、一生懸命表情を変えようと努力する新次郎を見て笑む。
「えへへ。いくつになっても、お祝いされるのって何だか嬉しくって。僕は皆が居てくれるだけで、それだけで嬉しいんですけどねっ」
本当に嬉しそうに笑う新次郎につられるように、昴も自然と口元が綻んでしまう。それを隠すように昴は慌てて扇を開く。
そんな昴の様子に気付く訳も無く、新次郎はミルクを半分程飲んでから、あれ?と改めて昴を見やった。
「昴さん、今日は何で此処に?」
今日一日。昴の口から、家に来るとは聞いてない事を今更ながらに思い出して、じっと昴を見つめる。
「用が無ければ、僕は来てはいけないのかい?」
何時の間にか空になった湯飲みを眺めてから、昴はじろり新次郎を見た。
「あ!いえっ!!そんな事はありませんです!用が無くたって、全然っ!何時でも来てください!」
がたんっと椅子を倒して立ち上がり、心底慌ててまくし立てる。本当に焦っているようで、わたわたと両腕を意味も無く振り回す。
「フッ!ハハハ!冗談だよ、新次郎。わかってるから」
新次郎の慌て振りに、思わず笑い出した昴は優しく新次郎を宥める。
「あ、あのっ、え!?」
新次郎は、からかわれている事に気付けずに何が何だか分からず、動きが止まって今度はぽかんと口を開けた。
そんな新次郎を見つめながら、尚も昴は小さく笑う。
「まぁ、でも今日は用があって来たんだけどね」
「?」
とりあえず座れと昴に促され、新次郎は椅子を立て直し座る。
それから、今度はミルクを一口飲めと言われ、一口口を付ければ、何だか気分が落ち着いた。
そんな新次郎の心境を確認してから、昴は開いたままの扇を静かに口元を隠すように置いてゆっくりと口を開く。
「なんて事は無いさ。新次郎、君の一年に一度ある変わり目。その日、その境目を、一緒に過ごしたかっただけさ」
そう言ってから、昴はにこりと笑い扇を閉じた。
「……えっ?えぇっ!?」
昴の言葉の意味を理解するのに数秒をようしたものの、理解できれば急に顔が真っ赤になって。
「迷惑、だったかい?」
昴が小首を傾げる。
「そっ!そんな事ありませんっ!!す、すっごく嬉しいです!」
また、椅子を蹴倒し立ち上がれば、テーブルへと身を乗り出し。
「それは、よかった。僕も嬉しいよ」
昴は微笑み、ゆっくりと立ち上がり。ちらりと、時計を確認すれば不適に笑って。
「さ、日が変わった。おめでとう、新次郎」
そして昴は、新次郎へと口付けた。
あまりの自然な動作に、新次郎は驚くのも忘れ昴をじっと見つめるだけ。
唇が離れ、昴がまた優しく微笑んだ。
「プレゼントは明日…いや、今日か。そのパーティーで」
ス――と昴は身を引き離れ、最後にそっと新次郎の頬を撫でた。
「あ………」
さっきと同様、真っ赤になると思ったが、新次郎は予想外に嬉しそうに笑ってから離れ行く昴の手を取った。
「ありがとうございます。僕…、凄く、ホント、凄く嬉しいです」
握った手を大切に握り、頬に当てその温もりを感じながら。
「僕も、僕も…昴さんの変わり目の日に、一緒に居たいです。居ても、いいですか?」
昴は僅かな驚きと共に、引き剥がせない手と頬の温もりを心地良く感じながら、苦笑った。
「気長な話だ。覚えていたらね…」
そっと、手を引いた。
「僕はっ、絶対覚えてますからねっ」
名残惜しそうに、でも離れ行くその手を追わず、変わりに昴の瞳をじっと見つめる。
昴は、クスリと笑い、視線を新次郎のそれと絡ませてからテーブルから離れ、歩き出した。
「おやすみ、新次郎。また、今日の朝に……」
外へと歩んで行く昴の背を追い、新次郎も歩む。
此処までで良い、と視線で止められ新次郎はドアの前で立ち止まる。そして、昴の背を見送った。
「まったく、これだから君って奴は………」
もう、普通に声を出しても新次郎へは届かないだろう場所で、それでも気にするように小さな声で昴は呟いた。
今が夜中で良かった。人とも擦れ違わないし、この夜の闇が表情を隠してくれる。朝になる前に、この気持ちを落ち着けなければいけない。シアターの連中は聡いのが多いから。そう思いながら、けれど、昴は今在る笑みを消せないで居た。
そんな昴の背を見えなくなるまで見送った新次郎は、唇に手を当て暫し黙る。そして、今更。何だか恥かしくなって顔が赤くなる。
あぁ、今日は絶対に良い日に違いない。
夜遅く。シアターからの帰り道。
もう、慣れ親しんだその道を、機嫌よさげに歩いているのは、 大河新次郎 。
「えへへへ」
我慢しきれないのか、時折嬉しげな声が漏れる事を止められない。そんな姿は、はたから見ると怪しい事この上ないが、本人はその事に気付いていない。
そんな彼の唯一の救いは、シアターから此処まで人と擦れ違う事が無かった事だろう。
そうして、そんな風に歩き続ければ何時しか自分の部屋の側。歩きながらポケットを探って鍵を探す。
「あった」
少々手間取って引っ張り出した鍵を目の前まで持ち上げて笑顔を零す。
「君は、何処までも興味深いな……」
「わひゃぁっ!?」
突然脇から声を掛けられて、新次郎は文字通り飛び上がって驚いた。
それから、慌てて声のした方へと顔を向ければ、其処には 九条昴 。その人が居た。
「すっ、すす昴さん!?」
「昴は言った。此処が君の家だろう。何処まで行くつもりだ……と」
扇を広げて口元を覆い隠し、昴はこれ見よがしに溜息を吐いた。
新次郎は昴に言われてから、え?とばかりに周囲を見渡す。そして、鍵を探す事に夢中で自分の部屋の前を通り過ぎてしまっている事に始めて気付いた。声を掛けて来た昴も少々後方にいる。
「あ、あははは」
あまりの自分の間抜けさ加減に、誤魔化すように苦笑い。
昴はそんな新次郎を見て、もう一度小さく溜息を吐いて、ドアノブへと手を伸ばしドアを開けた。
「ともあれ、お帰り。勝手に上がらせて貰ったよ」
そうして、鍵のついたキーホルダーを掲げ、昴は新次郎へと優しく微笑んだ。
部屋に入れば、テーブルには昴専用の湯飲みが置いてあり、それはどうやら飲み掛けのお茶らしいかった。
部屋に来た昴が飲んでいたのだと胸中で呟いて再確認する。
「お茶でいいかい?それともホットミルク?」
昴は、部屋に入ればそのまま部屋備え付けの簡易キッチンへと足を運ぶ。
「あ、すみません。それじゃぁ、………お茶を」
昴の背を見ながら、自分は他にする事もない為、新次郎は大人しく椅子に座って待つ事にする。
そして、椅子についてやっと一安心したのか、今日一日の疲れが押し寄せてきた。
「そう言えば、何で外に居たんです?昴さん」
小さく息を吐いてから、疲れに落ちそうな顔を上げて、昴の背に問い掛けた。部屋で待っていればいいじゃないですかと、視線が昴の姿を捉え。
「なに、君がそろそろ帰ってくるのではないかと思ってね。僕の予想は当たりやすい。外へ出て幾らもしないうちに、大河。君が帰ってきたからね」
フフと笑いながら、だから長時間外に居たわけではないから心配するなと言外に伝え、マグカップを手に新次郎の側へと戻る。
コトリ。カップを新次郎の前に置いてやり、昴は空いている新次郎の対面の席に腰を落ち着ける。
新次郎の前に置かれたカップからは湯気が立ち上り、僅かに甘い香りがする白い液体が波紋を描いていた。
新次郎は、それをじっと見つめてから上目遣いに顔を少し上げて昴を恨めしそうに見やる。
「ホットミルク。それが良かったんだろう?」
ちょっと、意地悪そうに笑いながら昴はもう冷めてしまっている自分の湯飲みに残っていたお茶へと口を付けた。
「うぅ……。あっ、暖かいお茶入れます?」
「いや、結構だ。これで良い」
そう言うと、またお茶へと口を付けた。そんな昴を暫し見つめた後、新次郎もせっかく昴が用意してくれたホットミルクを口へと運んだ。
暖かく、少し甘い味が口内へと広がり、何だかホッとする。次いで胃へとそれを流し込めば、胃が優しく満たされた。
「ところで、君は何をニヤニヤしていたんだい?」
昴は、湯飲みを置くと扇を軽く広げた。
「へ?」
自分では自覚していなかった事を尋ねられて、きょとんとした表情で新次郎は昴を見やる。それから、小首を傾げた。
「自覚、無しか。実に君らしいね」
クスクスと笑いながら、昴は髪を軽く掻き上げる。
「ま、どうせ明日の事でも考えていたんだろう?」
ぱちりと扇を閉じて、それで新次郎の鼻を小突く。
「あいたっ。むぅ、何で分かっちゃうんでしょう。昴さんって凄いですね」
「大河は直ぐに表情に出る。だから、読みやすい」
小さく息を吐きながら、扇を引き戻しそれを昴は顎に当てた。
君に、ポーカーフェイスは似合わない。何て、胸中で呟くも昴はそれを口には出さずに苦笑いだけを浮かべた。
「昴さんの言う通り。僕、明日が楽しみなんですっ。誕生日を祝ってくれるのが嬉しくって。それが、顔に出ちゃったんですね。いけないいけない」
ぱんぱんと両頬を叩いて表情を改めようとするも、直ぐににへらとしてしまう新次郎。
「君らしくて良いと思うよ。僕は」
昴は、一生懸命表情を変えようと努力する新次郎を見て笑む。
「えへへ。いくつになっても、お祝いされるのって何だか嬉しくって。僕は皆が居てくれるだけで、それだけで嬉しいんですけどねっ」
本当に嬉しそうに笑う新次郎につられるように、昴も自然と口元が綻んでしまう。それを隠すように昴は慌てて扇を開く。
そんな昴の様子に気付く訳も無く、新次郎はミルクを半分程飲んでから、あれ?と改めて昴を見やった。
「昴さん、今日は何で此処に?」
今日一日。昴の口から、家に来るとは聞いてない事を今更ながらに思い出して、じっと昴を見つめる。
「用が無ければ、僕は来てはいけないのかい?」
何時の間にか空になった湯飲みを眺めてから、昴はじろり新次郎を見た。
「あ!いえっ!!そんな事はありませんです!用が無くたって、全然っ!何時でも来てください!」
がたんっと椅子を倒して立ち上がり、心底慌ててまくし立てる。本当に焦っているようで、わたわたと両腕を意味も無く振り回す。
「フッ!ハハハ!冗談だよ、新次郎。わかってるから」
新次郎の慌て振りに、思わず笑い出した昴は優しく新次郎を宥める。
「あ、あのっ、え!?」
新次郎は、からかわれている事に気付けずに何が何だか分からず、動きが止まって今度はぽかんと口を開けた。
そんな新次郎を見つめながら、尚も昴は小さく笑う。
「まぁ、でも今日は用があって来たんだけどね」
「?」
とりあえず座れと昴に促され、新次郎は椅子を立て直し座る。
それから、今度はミルクを一口飲めと言われ、一口口を付ければ、何だか気分が落ち着いた。
そんな新次郎の心境を確認してから、昴は開いたままの扇を静かに口元を隠すように置いてゆっくりと口を開く。
「なんて事は無いさ。新次郎、君の一年に一度ある変わり目。その日、その境目を、一緒に過ごしたかっただけさ」
そう言ってから、昴はにこりと笑い扇を閉じた。
「……えっ?えぇっ!?」
昴の言葉の意味を理解するのに数秒をようしたものの、理解できれば急に顔が真っ赤になって。
「迷惑、だったかい?」
昴が小首を傾げる。
「そっ!そんな事ありませんっ!!す、すっごく嬉しいです!」
また、椅子を蹴倒し立ち上がれば、テーブルへと身を乗り出し。
「それは、よかった。僕も嬉しいよ」
昴は微笑み、ゆっくりと立ち上がり。ちらりと、時計を確認すれば不適に笑って。
「さ、日が変わった。おめでとう、新次郎」
そして昴は、新次郎へと口付けた。
あまりの自然な動作に、新次郎は驚くのも忘れ昴をじっと見つめるだけ。
唇が離れ、昴がまた優しく微笑んだ。
「プレゼントは明日…いや、今日か。そのパーティーで」
ス――と昴は身を引き離れ、最後にそっと新次郎の頬を撫でた。
「あ………」
さっきと同様、真っ赤になると思ったが、新次郎は予想外に嬉しそうに笑ってから離れ行く昴の手を取った。
「ありがとうございます。僕…、凄く、ホント、凄く嬉しいです」
握った手を大切に握り、頬に当てその温もりを感じながら。
「僕も、僕も…昴さんの変わり目の日に、一緒に居たいです。居ても、いいですか?」
昴は僅かな驚きと共に、引き剥がせない手と頬の温もりを心地良く感じながら、苦笑った。
「気長な話だ。覚えていたらね…」
そっと、手を引いた。
「僕はっ、絶対覚えてますからねっ」
名残惜しそうに、でも離れ行くその手を追わず、変わりに昴の瞳をじっと見つめる。
昴は、クスリと笑い、視線を新次郎のそれと絡ませてからテーブルから離れ、歩き出した。
「おやすみ、新次郎。また、今日の朝に……」
外へと歩んで行く昴の背を追い、新次郎も歩む。
此処までで良い、と視線で止められ新次郎はドアの前で立ち止まる。そして、昴の背を見送った。
「まったく、これだから君って奴は………」
もう、普通に声を出しても新次郎へは届かないだろう場所で、それでも気にするように小さな声で昴は呟いた。
今が夜中で良かった。人とも擦れ違わないし、この夜の闇が表情を隠してくれる。朝になる前に、この気持ちを落ち着けなければいけない。シアターの連中は聡いのが多いから。そう思いながら、けれど、昴は今在る笑みを消せないで居た。
そんな昴の背を見えなくなるまで見送った新次郎は、唇に手を当て暫し黙る。そして、今更。何だか恥かしくなって顔が赤くなる。
あぁ、今日は絶対に良い日に違いない。
PR
この記事にコメントする