孫策×大喬
出陣を見送る大喬のお話
蒼作
「蒼穹の空を抱いて」
日が昇り、僅かばかりの時が経った。
澄んだ空気を吸い込み吐けば白く染まる。
そんな朝の日が僅かに射し込む室内に、二人の姿は在った。
身を守る為の鎧を静かに身に纏う男と、それを手伝う女。
座す男に、鬼の角の様な装飾の付いた額当てを女が前から腕を回し巻けば、その男の象徴たる銀の髪が流れ落ちる。
女は、そんな男の髪を手櫛で軽く梳いてから男の傍を離れて行った。
男は眼を閉ざし、規則正しく呼気を繰り返す。
纏う気配は凜とし、そしてそこにただ座し て居るだけなのに雄々しかった。
女が、二振りの剣をその腕に恭しく抱えて戻り、男の前で膝を着いた。
「……孫策様」
女の透き通る声が男の名を呼んだ。
孫策が、ゆっくりと瞳を開く。
その瞳は蒼く、女、彼の妻大喬いわく空の色だと。
孫策は大喬からそう言われるのを好ま しく思ってはいたが、本人の前ではけして口にはしなかった。
孫策はその蒼く力強い光を湛えた瞳で大喬を見つめてから、無言で剣を一振りづつ受け取り、鞘から刃を僅かに引き抜き一瞥してから、腰へと挿した。 「行ってくる」武具の装備を整えた孫策は大喬へと一言声を掛けて、背を向けた。
その蒼き瞳はもう大喬を見ていなかったが、大喬は構わなかった。
この人が生きて帰れ ば、例え自分を見てくれなくとも、それで良いと。
「行ってらっしゃいませ。御武運を…」
頭を下げて、孫策の背を見送る。自分の役目は此処までだった。
孫策が、戸を開く。
室内へと、大分日が高くなってきたのか日の光りが一気に射し込んで くる。
大喬か軽く瞳を細めた。
「大喬」
ふと、背を向けたままの孫策が大喬の名を呼んだ。
「……はい」
数度瞬いてから、大喬は返事を返す。
まさか、声を掛けられるとは思っていなかったの で、思わず反応が遅れたのだ。
「俺を信じて待っていろ。俺の帰る場所は此処だ。
お前の傍なのだから」 孫策が振り返った。その顔に優しげな微笑が浮かんでいた。
大喬は、濃い茶の瞳を薄く細め、小さく微笑み返す。
この人は何処までも優しく、何処ま でも大きな人なのだと思い出す。
「はい、お待ちしております。伯符様」 大喬は頬を軽く染め、孫策を見つめた。
孫策はそれを見て満足そうに頷けば、今度こそ背を向け歩み出した。
少しばかり大股の足 音が遠ざかって行く。 大喬はその孫策の背を見えなくなるまで見送れば、一歩部屋の外へと出た。
空は雲一つ無く晴れ渡り快晴で、それは全てを包み込んでくれる孫策の瞳の色だと、大喬は花の様に笑う。
あの人が戻って来る場所は此処なのだと、大喬は胸を張りその蒼穹へと手を伸ばす。
2006.12.24