「とある家族の日常」
司馬家
司馬兄弟が苦労するお話
黄緑作
司馬家
司馬兄弟が苦労するお話
黄緑作
「とある家族の日常」
静かな部屋に母親が部屋をウロウロと歩く足音と、食事の音だけが響く。
普段から食事中に会話があり、和やかな食事風景とはいえないが平和な食事ではある。
しかし今流れているのは不穏な空気。平和とはほど遠い。
「師。あなたのお父様はどちらに行ったのかしら?」
「今日は会議と聞いておりますが。」
「それにしては、随分遅いのではなくて?」
そう、不穏な空気は全てこの母から出ており、原因は父。
原因といっても生真面目な父の事だ、浮気の可能性は万が一どころか億に一も無い。
それに、母の性格を熟知している父が、そのような愚行に走る訳が無いのだ。だから、ただ単に会議が長引いているだけだろう。
しかし、何故か母はその辺りが分からないらしい。
「……もしかして、悪い女にたぶらかされているのかしら?」
母のその一言で不穏な空気の密度が増し、俺も思わず食事の手を止める。
昭も同様に硬直したのか、顔はいつも通りを装っているが、手が宙で不自然に止まったままだ。
「あの人は真面目で地位も高い人。それを狙って女狐達が群がって来るかも…」
「母上。父上は母上をとても大切にされています。他の女になびくなど、有り得ないでしょう?」
「あの人にその気が無くとも、女狐達が色々な手を使ってたぶらかすかもしれないでしょう?」
強い口調で昭の言を跳ねのけた母に、内心舌打ちをする。
前に父が遅くなった時は今の言葉で大人しくなったのだが、今回は無理だったようだ。
やはり同じ手は使えないか。
「……夫の邪魔をする物を排除するのも妻の役目。こうなったら…」
新たな策を考えている間に母の想像は悪い方に膨らみ過ぎたのか、とうとう剣を手にしだした。
これはかなりまずそうだ。
この母は、脅しでは無く確実にそれを使う。
それは過去の数々の経験から知っているのだ。 このままでは殺傷沙汰になってしまう。
「お待ち下さい母上。」
「何ですか師。邪魔をするのですか?」
母は仇でも見るような目で俺を睨みつけ、ゆっくりと剣を鞘から抜く。
ギリッと音がするまで剣の柄を握り締めた母は、そこらに居る武将顔負けの気迫をかもし出している。
ヒヤリと、嫌な汗が背中を伝った。
「よもや邪魔など。私も及ばずながら、母上のお手伝いをいたしましょう。昭よ、お前も手伝うだろう?」
「勿論です。」
俺と昭の賛同を得ると、先ほどまでの殺気はどこへやら。 満足そうに母は微笑んだ。
「さすが私の子供達。お父様思いですわね。」
子供達は敵では無いと判断した母は、振り上げようとした剣を鞘に収めた。 (何とか少し落ち着いたか。)
とりあえず第一関門突破か。
次、第二関門。
「では女狐をくびり殺しに行きますわよ。ついていらっしゃい。」
「母上。」
どこか楽し気に剣を抱えたまま部屋を出ようとする母を再び止める。
「相手はあの父上をたぶらかそうとする女。それなりに頭が回る筈です。」
「いきなり母上が出て行っては、捕り逃がす可能性もありましょう。まずは情報収集を先決した方がよろしいのでは無いでしょうか?」
俺の言葉にさらにたたみみ掛けるように昭が続く。
母も一理あると思ったのか、思案するように目を少し伏せた。
「まずは、私と昭が様子を見て参りましょう。」
「父上の子供とあれば、相手もこちらに取り入りたいと思う筈。その隙をついて色々情報を引き出してみせます。」
「なるほど、良い考えですわね。しかし…」
母の目が俺達を品定するようにギラリと光る。
「よもや私をたばかろうとは考えてはいないでしょうね。例えば、いままでの全ての策は、私があの人の所に行かないように足止めしたいが為……とか?」
鋭い一言に動揺しそうになる体を叱咤して、何とか押し止める。
流石に、この母をそう簡単に騙せないか。 しかし、屈してはならない。
こちらとて平穏と命がかかっているのだ。
「何をおっしゃいます。私達は母上の味方。騙すなどもっての他です。」
「兄上のおっしゃる通りです。それに、私共とて父上が心配なのですから。」
俺も昭も、母の目を真っ直ぐに見ながらはっきりと言う。
後ろめたい事は何も無いのだと言うように。
母は探るように俺達を暫く見続け、2・3分位睨み合ったうと、母は面白いものを見たとでも言いたげにクスリと笑った。
「良いです。信じましょう。」
「ありがとうございます。」
「但し、きちんと女狐達の情報を持って来るのですよ。」
厳しく念を押す言葉に、信用させるように力強く頷き、俺と昭は母に深く礼をしてから、部屋から出た。
母が居る部屋から大分離れた頃、辺りに誰もいないか確認してから昭と小声で策を練る。
「兄上、これからどうしますか?」
実際には居る筈も無い母曰く”女狐”の情報など持ってきようが無い。 ここは、母を説得するしか無いだろう。
「昭よ、お前は父を探して今の出来事を内密に伝えろ。父なら母の扱いも慣れているだろうし、何か打開策が出て来るかもしれん。」
「分かりました。兄上は?」
「俺は母が居る部屋の近くで母の様子を見ながら身を潜める。また暴走して、何かやらかすかもしれないからな。」
「……大丈夫ですか?」
父の事で暴走する母は手がつけられない。
昭と二人でようやく止められる位なのだから、一人ではたかが知れてる。
「大丈夫…では無いがやるしかない。お前も早く父を連れて戻って来いよ。」
「分かりました。」
昭は小さく頷くと、回りに何かあったと悟られない程度の自然な速さで会議室へ向かって行った。
去っていく弟の後ろ姿を見ながら、大きく溜め息をつく。
父の後継者として期待されている俺達兄弟が、
策も度胸も伏兵の技術も、父にでは無く母 との日常でこうやって鍛えられている事実は、司馬家の名誉にかけて言えない。
(バレたら笑いものになるか、母に脅るかのどちらかだな。)
俺は再び溜め息をつき、情けない気分になりながら、母を見張る為に来た道を戻り、部屋に身を潜めた。
母が部屋から出て来ない事を祈りながらーー。
静かな部屋に母親が部屋をウロウロと歩く足音と、食事の音だけが響く。
普段から食事中に会話があり、和やかな食事風景とはいえないが平和な食事ではある。
しかし今流れているのは不穏な空気。平和とはほど遠い。
「師。あなたのお父様はどちらに行ったのかしら?」
「今日は会議と聞いておりますが。」
「それにしては、随分遅いのではなくて?」
そう、不穏な空気は全てこの母から出ており、原因は父。
原因といっても生真面目な父の事だ、浮気の可能性は万が一どころか億に一も無い。
それに、母の性格を熟知している父が、そのような愚行に走る訳が無いのだ。だから、ただ単に会議が長引いているだけだろう。
しかし、何故か母はその辺りが分からないらしい。
「……もしかして、悪い女にたぶらかされているのかしら?」
母のその一言で不穏な空気の密度が増し、俺も思わず食事の手を止める。
昭も同様に硬直したのか、顔はいつも通りを装っているが、手が宙で不自然に止まったままだ。
「あの人は真面目で地位も高い人。それを狙って女狐達が群がって来るかも…」
「母上。父上は母上をとても大切にされています。他の女になびくなど、有り得ないでしょう?」
「あの人にその気が無くとも、女狐達が色々な手を使ってたぶらかすかもしれないでしょう?」
強い口調で昭の言を跳ねのけた母に、内心舌打ちをする。
前に父が遅くなった時は今の言葉で大人しくなったのだが、今回は無理だったようだ。
やはり同じ手は使えないか。
「……夫の邪魔をする物を排除するのも妻の役目。こうなったら…」
新たな策を考えている間に母の想像は悪い方に膨らみ過ぎたのか、とうとう剣を手にしだした。
これはかなりまずそうだ。
この母は、脅しでは無く確実にそれを使う。
それは過去の数々の経験から知っているのだ。 このままでは殺傷沙汰になってしまう。
「お待ち下さい母上。」
「何ですか師。邪魔をするのですか?」
母は仇でも見るような目で俺を睨みつけ、ゆっくりと剣を鞘から抜く。
ギリッと音がするまで剣の柄を握り締めた母は、そこらに居る武将顔負けの気迫をかもし出している。
ヒヤリと、嫌な汗が背中を伝った。
「よもや邪魔など。私も及ばずながら、母上のお手伝いをいたしましょう。昭よ、お前も手伝うだろう?」
「勿論です。」
俺と昭の賛同を得ると、先ほどまでの殺気はどこへやら。 満足そうに母は微笑んだ。
「さすが私の子供達。お父様思いですわね。」
子供達は敵では無いと判断した母は、振り上げようとした剣を鞘に収めた。 (何とか少し落ち着いたか。)
とりあえず第一関門突破か。
次、第二関門。
「では女狐をくびり殺しに行きますわよ。ついていらっしゃい。」
「母上。」
どこか楽し気に剣を抱えたまま部屋を出ようとする母を再び止める。
「相手はあの父上をたぶらかそうとする女。それなりに頭が回る筈です。」
「いきなり母上が出て行っては、捕り逃がす可能性もありましょう。まずは情報収集を先決した方がよろしいのでは無いでしょうか?」
俺の言葉にさらにたたみみ掛けるように昭が続く。
母も一理あると思ったのか、思案するように目を少し伏せた。
「まずは、私と昭が様子を見て参りましょう。」
「父上の子供とあれば、相手もこちらに取り入りたいと思う筈。その隙をついて色々情報を引き出してみせます。」
「なるほど、良い考えですわね。しかし…」
母の目が俺達を品定するようにギラリと光る。
「よもや私をたばかろうとは考えてはいないでしょうね。例えば、いままでの全ての策は、私があの人の所に行かないように足止めしたいが為……とか?」
鋭い一言に動揺しそうになる体を叱咤して、何とか押し止める。
流石に、この母をそう簡単に騙せないか。 しかし、屈してはならない。
こちらとて平穏と命がかかっているのだ。
「何をおっしゃいます。私達は母上の味方。騙すなどもっての他です。」
「兄上のおっしゃる通りです。それに、私共とて父上が心配なのですから。」
俺も昭も、母の目を真っ直ぐに見ながらはっきりと言う。
後ろめたい事は何も無いのだと言うように。
母は探るように俺達を暫く見続け、2・3分位睨み合ったうと、母は面白いものを見たとでも言いたげにクスリと笑った。
「良いです。信じましょう。」
「ありがとうございます。」
「但し、きちんと女狐達の情報を持って来るのですよ。」
厳しく念を押す言葉に、信用させるように力強く頷き、俺と昭は母に深く礼をしてから、部屋から出た。
母が居る部屋から大分離れた頃、辺りに誰もいないか確認してから昭と小声で策を練る。
「兄上、これからどうしますか?」
実際には居る筈も無い母曰く”女狐”の情報など持ってきようが無い。 ここは、母を説得するしか無いだろう。
「昭よ、お前は父を探して今の出来事を内密に伝えろ。父なら母の扱いも慣れているだろうし、何か打開策が出て来るかもしれん。」
「分かりました。兄上は?」
「俺は母が居る部屋の近くで母の様子を見ながら身を潜める。また暴走して、何かやらかすかもしれないからな。」
「……大丈夫ですか?」
父の事で暴走する母は手がつけられない。
昭と二人でようやく止められる位なのだから、一人ではたかが知れてる。
「大丈夫…では無いがやるしかない。お前も早く父を連れて戻って来いよ。」
「分かりました。」
昭は小さく頷くと、回りに何かあったと悟られない程度の自然な速さで会議室へ向かって行った。
去っていく弟の後ろ姿を見ながら、大きく溜め息をつく。
父の後継者として期待されている俺達兄弟が、
策も度胸も伏兵の技術も、父にでは無く母 との日常でこうやって鍛えられている事実は、司馬家の名誉にかけて言えない。
(バレたら笑いものになるか、母に脅るかのどちらかだな。)
俺は再び溜め息をつき、情けない気分になりながら、母を見張る為に来た道を戻り、部屋に身を潜めた。
母が部屋から出て来ない事を祈りながらーー。
2007.05.27
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