孫策×大喬
戦から帰った孫策のお話
蒼作
「蒼い空」
空から、雫が落ちて来ていた。
空と町とを灰に染め、それは時を経る事に強くなった。
そんな雨の下。
独り佇む男が居る。
戦帰りか、身に纏うのは鎧と剣と。
銀の髪が、雨に濡れ額に張り付き水滴を落とす。
男は、蒼い瞳を天へと向けたまま、ただ静かに佇むだけだった。
どれほどか、男がそこに佇み続けた時、灰色の景色の中から色を伴った人影が現れた。
男は、その人影の気配に気付き視線を向けて一瞬驚いた様に瞳を見開き、笑った。
「伯符様…」
人影から鈴の音が届く。
伯符と呼ばれた男、孫策は近付いて来る彼女に笑みと溜め息を返す。
「大喬。笠も挿さずになんだ。風邪、引いちまうぜ?」
そっと腕を伸ばし、彼女大喬が逃げない事を確認すれば、引き寄せてマントをバサリと空いている腕に引っ掛け笠変わりに広げ、雨の雫から守った。
「私の事は構いません。それよりも、伯符様こそ…」
大喬はそっと手を伸ばし、孫策の頬へ触れた。
ヒヤリとした感触に、眉間に皺が寄る。
「帰ったと聞いたのに何処にもいらっしゃられないので、探しました。さぁ、中へ参りましょう?」
そっと、孫策の冷えた唇に己の唇を寄せ、ゆっくりと離れた。
それから、マントを遠慮がちに引いたが、孫策は動こうとはしなかった。
「あったけぇな、お前は。……すまん、後少しだけ」
そう伝えれば、孫策はまた天を見上げた。
天を見上げる孫策の瞳の奥に揺れる影を、大喬は見逃さず哀しみに瞳を伏せる。
「伯符様はこうして、独りで泣くのですね。戦場で奪ってしまった命と、失ってしまった命の為に……」
孫策を見上げ、大喬が小さく呟いた。
そして、孫策は天へと向けていた瞳を大喬へと向ける。
その瞳は何処か落ち着いた影を伴っていた。
「泣かねぇよ。後悔もしてねぇ。俺は真っ直ぐ進しか能がねぇ。だから、ただひたすらに笑って前に進むんだ。だから、泣かねぇんだよ……」
そうして、孫策はそっと笑った。大喬を安心させる様に。
大喬は黙ってその言葉を聞き届け、孫策へと抱き着いた。
「んだよ、泣くなよ。俺はお前の笑顔の方が好きだぜ?」
抱き着いてきた大喬を優しく胸に抱きしめ、腕の中に大切そうに納めた。
雨から守りながら、濡れてしまった髪を優しげにゆっくりと梳いてやる。
絹糸の様なそれが、何だか心地良かった。
「……っ私が、私が泣いて居るのではありませんっ。これは、泣かない貴方様の涙。私が、変わりに流します。泣けない、伯符様の代わりにっ」
ぎゅっと孫策の胸に擦り寄るが為にくぐもる声が、だがはっきりと震えていた。
「――っの!畜生っ。大喬お前って奴はっ!」
驚き、そしてあまりの愛おしさにきつく抱きしめ、大喬の唇を塞いだ。
二人の熱い吐息だけが雨の中に響く。
「俺は、お前には敵わねぇな」
「伯っ符…様」
大喬の涙を拭ってやり、孫策は大喬を歩く様にと促し、歩き始めた。
腕を広げ、マントで 大喬へと降り落ちる雨を遮りながら。
「俺は泣かない。だから、大喬。お前が泣く時は俺の胸で泣け」
蒼い瞳が真っ直ぐに前を見据えている。
「――はい」
大喬は、笑んで頷きそっと孫策へと寄り添った。
空も町も灰色で、でも貴方の瞳は蒼い蒼い空の色。
この大地を何時の日にか、統べる色――。
2007.04